せかいは、どんどんふくれているの。
どんどんどんどんふくらんで、
ずうっと未来には、はしがこわれてしまうの。
ちがうわ。
外側のものは、今でも入ってきてるわ。
せかいのはしがこわれたら、
内側のものが、ぜんぶ外側にいってしまうの。
その〝はし〟は、
ちがう〝はし〟だわ、私は知らない。
それでもこの〝はし〟は、
むかしはせかいの〝はし〟だったそうよ。
あなたが見ていない間、せかいは
[色んな文字を重ねて読めない図]になっているの。
あたしがうすくなっても、
あたしはあたしだよ、消えてしまうわけじゃないさ。
それでー?
それだけよ、おしまい
私は、傍にいる幼い妖怪の頭を撫でた。
えー、いみわかんなーい
そうね、すこし、難しかったかしら。
結局陽子崩壊も、観測されなかった。
まだ宇宙の永遠は、否定されていないのよ
……よくわかんないや。
召し使いをよんだのは、だれだったの?
だれだったのかしらね。
もう、忘れてしまったわ。
昔の、ずっと昔のことだもの。
あの頃にも、幼い妖怪がいた。妖怪だけじゃない、人間もいたし、霊獣や妖精もいた。人間と、多くの「それ以外」が明確に区別されていた頃、それと分け隔てなく接した、幾何かの存在があった。あの人も、そうだった。人も妖怪も妖精も、みんな一つの部屋に入れて、みんな一緒に授業を受けさせていた。
せんせー、けっきょく、なんのおはなしだったの、これ
宇宙の謎に迫った学者の話よ。難しいでしょ?
だから私も、その中にいたいと願った。月から来た異邦人でありながら受け入れられ、私も、それらの受け皿になりたいと思った。
え、せんせいのおはなしじゃないの?
まさかあ
おはなしのいみ、わかんないー。むずかしいよ
そっか。じゃあもっとお勉強しないとね
おべんきょーきらーい。おんもであそぶー
しかたのないのね、いってらっしゃい。私はその幼怪を膝から降ろして、外へ送り出す。外では、博麗の巫女や鬼、気のいい妖怪や河童が、今でも子供たちと遊び相手になってくれている。
本当、素敵な世界よね、ここは
月から逃亡してきて、罪を犯してまで守った永遠と幸せが、きっと生きているのだ。
慧音
私は、つい、名前を呼んでしまった。あの時、私の名前を照れくさそうに呼んでくれたあなたのように、今その名を呼んで、あなたはもういないのだけれど。
あなたがやっていたことを、今は私がやっているわ、慧音センセ
もう、思い出して泣くような思い出ではない。涸れるほどに泣いて流した涙も、今では嘘のように一滴だって出ない。それこそ涸れたのかもしれないが、悲しさよりも今は、逆に甘く感じてしまうのだ。慧音と死別してからもう、随分と経っている。それこそ、昔話にして子供たちに話して聞かせられるくらいに。
輝夜も妹紅ももう、すっかり住人だった。まるで私の方が二人よりも年下なんじゃないかみたいに、気を使われて優しくされていた。情けないような気もするけれど、それはそれで、もしかしたら彼女達の罪滅ぼしの意識の拠り所になっているのかもしれないと、私一人が悪役になって済むなら、そんな嫌な女でいようと思う。
……先生と呼ばれるのが嫌いって、言ってたわね、そういえば
昔を思い出し、あの人の顔を思い出し、あの人の温もりと優しさを思い出す。
センセー
外から子供が私を呼んでいた。
はあい
かぐやひめさまとふじわらさまが、よんでるー
はーい、今行くわ
あの人も、こうしてよくセンセと呼ばれていた。みんなから慕われるいい先生だった。先生と呼ばれるのが嫌いでも、あなたはずっと〝慧音先生〟だった。それは今でも、きっとこの先も、永遠によ。
私が手習い道具をしまったり子供たちの散らかしたのを片付けたりして、もたもたと寺子屋を出ないでいると、襖が開いて威勢のいい声が飛んできた。
おぉい、永琳よう。早くしろい、今日は慧音の命日だろう。墓参りって言ったじゃないか
ちょっと、妹紅。一応、ほら、あれなんだから……あんたもそうなのかもしんないけど
輝夜が気を使ってくれていた。それには及ばないわよ。
大丈夫よ、少し片づけていただけ。それよりなあに二人とも。そんなに慌てなくっても、慧音は逃げないわよ
そうだがよぉ、妹紅が不服そうに言う。どうせ、お墓参りの後の食事が楽しみで仕方がないのだ。妹紅も、当時はご飯も食べないほど落ち込んでいたが、今はすっかりこの通りだ。それに、それを境に、〝藤原〟と呼ぶのを、改めさせられた。彼女にも考えがあってのことだったのだろう。
輝夜が、あんまりに弔いの意が見えないと妹紅のほっぺたをつねって制止している。私はつい、笑ってしまった。
未来は決して閉じていない。消えたり無くなったりもしない。ずっとあり続ける。
慧音は、永遠にここにいるって、言ってくれたのだもの
二人で犯した罪、結局あなたは墓場まで持って行ったのよね。生憎私は死んで終わりにするなんて「安っぽい思考停止」は、出来ない身なの。
だから、慧音、あなたは永遠に、私の共犯者だし、私はあなたの共犯者。この関係に、終わりなんてないわ。
そうよね、慧音センセ。